イタリア人になった日本人

先日、大学時代の友人、メゾソプラノの山本彩子さんの伴奏をさせてもらった。彩ちゃんは今、ロシアのモスクワ音楽院で勉強をしている。一時帰国中、急遽出演することになったという今回の演奏会。チャイコフスキーはこれまであまり弾いたことがなかったが、ロシア仕込みの彩ちゃんの豊かな音楽に乗って、とても気持ちよく演奏できた。メロディーが美しい音楽も、やはりいいものですね。彩ちゃん、どうもありがとう!



その演奏会の最後で、板波利加さんというメゾソプラノの方の演奏を聴いた。芸大卒業後、イタリアで勉強を積まれ、現在は二期会で活躍中という板波さん。身体が大きく、衣装も鮮やか、その日本人離れした容姿はかなり迫力があったが、さらにその演奏には圧倒された。何というか、“本物”なのだ。日本人がオペラを演じる場合、やはりどこかになんとなく無理を感じてしまうことが多いのだが、板波さんにはそれがなかった。演奏会の主催者である先生が、「板波さんはイタリアで修行を積まれて、本当にイタリア人になってしまった」とおっしゃっていたが、その通りというかなんというか…。最後には、もう日本人でもイタリア人でも関係ない、板波さん自身が感じたことをそのまま歌にしているかのように聴こえてきた。



伴奏以外で客観的に歌の方の演奏を聴いたのが久々だったこともあるが、今回の板波さんには本当にびっくりした。そして、“本物”というものがどういうものなのか、改めて考えさせられた。さて、現代モノのピアニストで“本物”というと、どういうことになるのだろう…。



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